働き方改革関連法の施行が行われた2019年、各社で活発に取り組まれる人事施策と言えば、「リモートワーク推進」に「タレントマネジメントシステムの導入」、そして引き続き「リファラル採用の促進」などが挙げられるだろうか。
これらの施策は、熾烈な売り手市場における優秀人材の獲得と、多様な人材の活用の、両方の実現を目指そうとするものだ。

株式会社モザイクワークが提唱する『マイクロ人事部長』もまた、人事戦略を構築・実行できる人材の採用や、育成に苦戦する中小企業の課題を解決する、一手となる可能性を秘めている。

『マイクロ人事部長』とは一体何なのだろうか。

『マイクロ人事部長』を取り入れている企業の事例を踏まえながら、本事業の発案者であり、株式会社モザイクワークの取締役を務める髙橋実に話を聞いた。

「ワンショットで終わらない。実行責任を持つ」という決意で生まれた、マイクロ人事部長

『マイクロ人事部長』とは、コンサルティング会社のようにプランを提示するだけではなく、アウトソース会社のように業務を担うだけでもない。週に1日(その他はリモートワークという形で)、人事部長の役割・業務を担うというものだ。
またこういった業務は、長期で契約を交わしたいと考えることが、提供側の会社としては一般的だろうが、「契約は最大で3年間と決めています」と、髙橋は明言する。
それは、人事サービスを提供することが目的ではなく、自走できる組織づくりを目指しているからだ。「僕らがずっと支援を続けることは、自走ができないということ。実現するべきは、クライアントが自分たちだけで走れる状態をどうつくるか」。

では、そもそもなぜ『マイクロ人事部長』という取り組みは始まったのか。そのきっかけについて話を向けると、髙橋自身の人事に対する思いや、仕事に対する姿勢が見えてきた。

「企業人事として勤めた後、今のように、モザイクワークの取締役だけではなく複数社に対してマイクロ人事部長としてかかわるまでの間に、自分のキャリアの方向性を少し考えている時期がありました。その間も、経営者や人事の人たちから相談をたくさん持ちかけられていたんです」。

そしてこう続けた。「自分の知識や経験はできる限り提供したいと、スケジュールが調整できる限り、話を聞いたりアドバイスをしたりしていました。ただ、これってワンショットなんです。一度アドバイスをするくらいでは、組織は変わるわけがない。だったら、その課題に対して思いきりかかわり、結果にも責任を持った方がいいんじゃないかと思ったんです」。

外野から見て口を出すだけではなく、組織の中に入りこんでかかわっていこうという姿勢。それは、企業人事として組織の中で働いてきたからこその、在り方なのだろう。

「実行責任を持たないと。そこに自分の仕事としての魂が入らないじゃないですか。これは人事だからとかいうことでもなく、僕のビジネスにおける姿勢でなんです」。

かかわる企業の規模や従業員人数、成長ステージによって、どのように入り込んでいくのかは、異なる。その上で、経営者の目指す組織像を、経営者との密なコミュニケーションを通じて理解し、戦略を考える。そして、戦略の実行部隊である現場をどう動かしていくのかは、一人ひとりとのコミュニケーションを通じて、会社ごとにデザインする。

経営者の本音を理解すること、現場の一人ひとりと信頼関係を紡ぐこと

戦略を着実に実行していくためには、想像以上に、人間関係が重要になりそうだ。すると、髙橋はうなずきながらこう言った。

「まぁ……嫌われ役ですよね。ただ、一番核心をついたことができるかどうかでしか考えていません。最初に会社に足を踏み入れて、社員の皆さんと挨拶をする瞬間は、敵を見るような目が向けられるというか、非常にアウェイです。ただ、それはもう前提条件なので。その中で、自分のことを最も敵対視しているのは誰かなと見渡すんです」。

それは、現場のキーマンを探すためだ。「意思があるからこそ、僕に対してNOという態度を示している。関係性を紡ぐ上で、僕から一番遠くて難しい人がキーマンになることがほとんどなんです」。
それから、「経営者の本音を理解することは絶対です」とも続けた。そのために、目指したい姿や取り組みたいこと、それに対する事業や組織の現状だけではなく、絶対に嫌なこと・許せないことは何かを聞くのだという。

「皆さん、お立場もあるので、耳障りのいい格好いいことをお話しされるケースがほとんどです。でもそれは本質的ではない。でも、嫌なこと・許せないことというのは、人間としての本音が見える話題だから」。

経営者の本音を知り、現場のリアルな現状を把握した上で、『マイクロ人事部長』ははじまるのだ。

資さんで実現した、数々の人事施策。しかし最大の成果は、経営陣と現場の溝を埋めたこと

『マイクロ人事部長』としての具体的な働きについては、『マイクロ人事部長』として人事責任者を務める企業のひとつ、株式会社資さん(すけさん)の人事企画室長としての講演会で、知ることができた。

株式会社資さんとは、北九州発のうどんチェーン店「資さん(すけさん)
うどん」を43店舗展開する会社。北九州市民の認知率が98%を超え、利用率が97%もあるという、まさに北九州のソウルフードだ。


後継者問題を抱えたまま2015年に創業者の大西章資氏が亡くなり、2018年に投資ファンドに株式譲渡が行われた、資さん。同社は、大西氏が創業者としてカリスマ的に事業と組織を率いていた。そして、総務的な業務も一手に引き受ける管理部はあったものの、人事部は存在しなかった。

そこで、社内に人事部門を立ち上げるというミッションを持った、人事責任者として、髙橋が「企業の中の人(=社員と同じ立場)」で着任。人事制度の設計や運用、採用の企画や運用などといった、人事部長としての基本的な業務を全て担いながら、社内で将来人事責任者を任せられる人材を発掘し育成するという『マイクロ人事部長』がスタートした。

まず、採用活動で大きな変化が生まれた。これまでは、現場から人が足りないという声が上がれば対応するスタイルで、その時だけ管理本部の誰かが人事を担当。求人を出す媒体も募集方法も、すべて現場任せだったのだという。

計画的に優秀な店長やパートの方を採用できなければ、新規出店はできない。そこで、求人媒体と人材紹介の両方を戦略的に使って、優秀な人材を確保することを決めた。

実際の店長採用の成果。それは、これまでは0名だった店長候補の採用が、人財課発足後の6か月間で、なんと10名にまで増加したことにある。しかもその4割は、この採用を機に東京から住まいを移しているのだという。求人媒体で、人材募集に積極的なイメージを周知し、人材紹介会社にはビジョンを徹底的に伝え、資さんのファンになってもらうことで、東京のマーケットすら動かし、優秀人材の確保を実現した。

また、組織開発においては、全社実行方針を最初に決定。「すぐやる 必ずやる 出来るまでやる」を掲げ、経営理念策定プロジェクトやリーダー育成を推進した。

リーダー育成のひとつである、半年に一度の経営幹部合宿では、10~15名の課長・部長が参加。社長の代わりに資さんの未来を考え、事業計画を立てるというお題に取り組む。

これまでの資さんは、強烈なリーダーシップをもったカリスマ経営者の下で事業を進めており、部長などの経営幹部ポジションであっても、自ら考え実行する必要がなかった。このようなメンバーたちに、事業を進めるには正解はないことを理解し、自分で考えることを習慣化することが狙いだ。

以上のように、様々な成功事例を披露したが、資さんはもちろんすべての会社で最も難易度が高いのは、「経営者を本気にさせること」と髙橋は明かした。
経営戦略とマーケティングの領域はやりたいしやれるという経営者は多い。しかし、組織や人、つまり人事戦略は苦手なケースが圧倒的なのだという。

「組織や人は移ろいやすいし、一筋縄では動かない。乱暴に言えば、面倒なんですよ。でも事業を推進する上で絶対に避けては通れない。経営者はもちろん、これからの人事部門は、経営を推進していくために、経営戦略もマーケティングも人事戦略も、すべてに力を注がなければいけません」。

『マイクロ人事部長』として、髙橋と資さんのメンバーが共に取り組んできたことは、数え切れないが、最も価値を出せていると思うことは何かと聞くと、こう答えた。
「経営陣と、部長以下の社員との溝が埋まったこと。溝が少しずつ広がっていっているところに僕が入って、埋めてつなげたことです」。


内部育成と外部登用で、優秀な人事を獲得していく

組織が変革期を迎え、組織課題の解決が急務であるにもかかわらず、人事部門がなく人事責任者の中途採用ができていないという企業は多い。東京にある採用競争力のある企業であればまだしも、中小企業や地方企業では優秀な人事責任者の採用は不可能に近いのだ。

つまり、資さんのように、後継者問題を抱え事業再編や組織づくりを行うニーズがある企業は極めて多い。そして『マイクロ人事部長』は、そのような課題の解決を図る、ひとつのソリューションになり得ると言える。

成長期や変革期にある企業の人事部を確立させていく中では、内部育成だけではなく、状況に応じたプロフェッショナル人材を外部登用するための、パイプを確立していく必要がある。それほど、経営陣が納得できるような優秀人材の獲得は、難易度の高いミッションのひとつだ。

「今回の場合は、卒業して以来ずっと資さんで働いている井原さん(井原貴子氏)を、2018年に人事採用責任者に任命しました。会社への思いが強く、1,000名以上の労務を担当。20年以上勤務するベテランですが、今やビジョンを語り採用を語れる、採用ウーマンで、内部育成の成功事例だと言えます。ただ、今は彼女への負荷が大きい。内部育成だけではなく外部登用の可能性も見据えて、彼女と共に人財支援部を支えてくれる人を探し続けたい」。

よりたくさんの、自走する組織づくりを生み出すことを目指す、『マイクロ人事部長』髙橋は、力強くそう語った。


文=伊勢真穂、写真=山本マオ